この風邪きついな。
- 齋藤 輔
- 2023年2月12日
- 読了時間: 7分

それもそのはず、風邪じゃなかったのでした。
どもども、コロナにかかった齋藤です!
実際なかなかキツイですね。今ですか?自宅療養中です。
安心してください。記事からは感染りません。
まぁ、症状も人それぞれですからね。一概にも言えず。
超きつい風邪だなとは思いましたが、楽勝でしたね。
大丈夫でした。生きてますし。
本当にありがとうございます。生きてて幸せ。
細かいこと言えば色々ありますよ、そりゃ。
動けない間の出費とか。
こんなに休んで今月の支払いどうするとか。
でもね、大丈夫です。死ぬまでは大丈夫。
なんとかなるでしょう。多分・おそらく・・maybe・・・。
さて、温まってきたところで、今回の本題?なのか?
四万十市の若者「A」さんとの出会い。
(居場所に来た時に、ニックネーム考えてもらいました)
2月1日
21:30頃、翌日に新しく始まる仕事を控えた齋藤は、
そろそろ早めに休もうかと思案しながらアニメ観てました。
そこへ、聴きなれない通知音がしたのでした。
吹き出しに目を向けると、HPのチャットにコメントがあったとの知らせ。
「えっなになに?」
ちょっとドキドキしながらページを開きました。
?「居場所がない」
この一言だけでした。
んー、どうしたのかな。なんて返そう。
そう思っていたら続いて、
?「人を殺しそう」
と来たわけです。
この時点で、仕事初日ではありますが、
翌日の仕事を休むことも視野に入れました。
ここから徐々に事情を聞いて、
今は四万十市の中村駅にいるということ、
こちらに来ようとしたが、時間的にもう便がなく、
翌日改めてこちらに来るかも知れないということ、
今夜は居られるなら駅で過ごすつもりであるということ、
なんかを聞き取って、
駅での野宿経験もあることから、
最近はそんなことできるようなシステムじゃないことも
わかっていたので、
そりゃこの寒い中、野宿は無いわと思い、
「高知市からだから時間かかるけど、これから行く」
と伝えて出かける準備にかかりました。
出発までにエスポワール高知の山本さんに
受け入れ出来るか確認とったり、
他の団体さんに当たってもらったり、
メンバーの松岡さんに何処かのタイミングで
サポートしてもらえないかと事情を説明したり、
結局、運転しながら松岡さんとはずっとLINE通話してました。
松岡さん、ありがとう。
出発が22:30頃だったこともあって、駅に到着したのは
0時を回ってました。
結局、この段階では自分のところで受け入れるしかない、
そういう状況でした。
本質的な詳しい話は、慣れないチャットでは到底できなかったので、
話はここからになります。さて、どうやって探すか。
そう思ったんですが、駅は静まり返っていて、
自販機の横に立つ若者一人だけだったので、
見つけるのに苦労はありませんでした。
早速、車から降りて声をかけました。
正直、相当起伏の激しいタイプなんだろうなという印象だったので、
どうなるかなぁと心配もありましたが、
会ってみると、本当に良い子でした。
相談者を迎えに行ったりとかして、缶コーヒー用意しててもらえたのも、
これが初めてだったので、ちょっと感激でした。
本当にありがとうね。さて続き、
場合によっては数十分話してもう家に帰すことも視野に入れてましたが、
本人の強い希望により、フェニックスまで連れて帰ることに
すぐに決めました。
ここから道中でいろんな事情を聞きました。
これまでの大まかな人生の流れ、
家族との今の関係性だったり今回、何があったのか。
NEET高知については、家出してから検索で偶然見つけたこと。
よく見つけたなと思いました。
この子、すげぇ大変だったんだなと感じました。
フェニックスに到着したのは3:30を回っていました。
そこから少しだけ話して、
とにかく今夜はもう寝ようと話して、
彼に鍵を預け、齋藤は車中泊し、なんとか朝も起きて、
初仕事に行きましたが、そこから仕事が終わるまでの15時間ほど、
全力放置プレイしてしまうことになったんですが、
フェニックスに帰り着くと、松岡さんが来てくれていました。
すでに打ち解けて、歓談中でした。
こういう時、仲間がいてくれて、本当にありがたいなと思いました。
本当にありがとうございます。
二人が話している横で、改めてネット上ではあるものの、
四万十市でウチみたいなところはないのか、
どこかこういった場合の受け入れ先は存在しないのか、
調べまくりました。
が、出てきませんでした。
高知市ですら、タイミングの問題があったものの、
ウチしかなかったわけです。
普段なら他にもあったんですよ。でも今回は、ウチだけでした。
四万十市に限らず、県西部の団体で、突発的な受け入れ先は、
無いに等しいということがわかりました。
もっと調べればあったのかも知れません。でも、
そんなに探さないと出てこないこと自体、問題視すべきです。
困った人が、困ってる時に、そんなに冷静に探せるわけないんです。
少なくとも今回、
「明日仕事ながっちゃねー、もう遅いし明日の夜でもいい?」
とか通用するケースではありませんでした。
そうなんです。
齋藤がこの活動団体を立ち上げようとした時、
言われました。いろんな人から言われました。
「まずは何処かの団体に所属してボランティアでやられては?」
「まずはボランティアから」「ボランティアから」
結果として、ボランティア活動してます。
これは齋藤の甲斐性の無さ、能力の無さの賜物で、
仕方のないことなんですが、
私は、今現在も、あの時も、同じことを思います。
ボランティアってね、基本片手間の産物なんですね。
自分の生活があって、当然それはあってね、あるんだけど、
そこからの余剰分ですることなんですね。
例えば浜辺のゴミ拾いみたいなボランティアなら、
それもいいでしょう。ゴミはいつだってそこで待ってくれています。
でも齋藤が向き合いたい対象は人です。人の気持ち、なんですね。
今、対応できなければそれでアウトってこともあり得るものです。
ちょっと強い言葉だし、極端なこと言ってるとは思います。
四万十市も、高知市も、基本は検索すればどこもかしこも
16時、17時には受付終了です。また明日。
困った人目線で言えば、話にならんわけです。
どこもかしこも17時チンでまた明日されてたら、
独りで困り果ててしまうんです。
ある意味、どこもやってないから、やりたいことしてるところがないから、
ウチは設立が成ったんです。なかったら、作るしかないじゃない。
別に代表者になりたくないし、ゼロから始めたくもなかったです。
だって、ただの素人だもの。
いまだに、ちゃんとした対応の仕方とかも知らないですよ。
ただ自分もどこかしら覚えのあることだったりして、
当事者目線で一緒に考えていける、ただそれだけの人間なんです。
それでも、いないよりはいたほうがいい。
そう思って微力ながら最低限だけ働いて時間作らせてもらってます。
この活動だけでご飯食べられたら、もっとできることがある。
だから、事業にならないといけない。
んだけどそれが難しい。
でも方法はあるし、自分で開いていかないといけない。
今は、成り立つための未来も想像がついていて、
少しづつではあるものの、近づいていっているところです。
ここで目指すのは助成金とか補助金とか、そういったものではなく、
事業としての対価として得ること、報酬として得ること。
ただ、そのいただく先は行政であること。
そこを目指します。
当事者とかからは、もらうことを考えていません。
それをすると、自分がやりたいものと違うものになってしまうと
思うからです。
それやってる団体もあります。それをダメと言ってるんじゃないです。
ただ自分はそれじゃないと思ってるだけです。
じゃあどうすんの。
まぁ、それはまだ秘密です。
それはそれとして、
まぁ、ここで問題提起したとて、なんも変わりません。
実際に動かなければ。
元気になったらまた西部に出向いて問題提起していこうと思います。
ただ!ただね!
これ実は二日に渡って書いてるんですが、というのも、
実は、結構身体がしんどくて、途中で寝たりとかしましてね。
コロナなんですw
で、それでですね。
昨日連絡取り合った四万十市の方から、
四万十市で居場所をやろうとしている若者と知り合ったという情報を
得たわけです!
是非!お手伝いさせて欲しいと伝えました。
そんなの当然、手伝いたいじゃないですか。
この文中で、無いに等しいなどと書いたりもしましたが、
皆無では無いわけです。
希望が湧きますね。
とりあえずね、
本当に疲れたのでもう、もう
今回はちょっとここで終わっていいですかね・・・。
また、気力体力が許す時に・・・。
ありがとうございました。
追伸
画像はAさんと2月2日の夜にドライブで須崎のLAWSONに寄った時のものです。
あと、強い日本語のところ、本当にごめんなさい。
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